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  • 執筆者の写真LA Wedding Avenue

母のはなし。



Tomoです。時代を感じる写真で失礼します。


きょうは1月8日。

父の20回目の命日。


毎日、いまでも欠かさず父のことは思い出しますが、命日って特別ですね。より父のことを考える。

父の葬儀は偶然なのか、なにかのいたずらなのか母の誕生日である1月10日に行われることになりました。

それ以来、母の誕生日も違う意味で特別な日になってしまいました。お誕生日おめでとう! って言っても、なんとなく100%な気持ちで嬉しく受け取れていない気がして仕方がないし、ぼくらもやっぱり父の葬儀を同時に思い出す。


そして先月のクリスマス、母はぼくのおばあちゃんである母を亡くしました。母にとってクリスマスまでもハッピーな日でなくなってしまったのです。

うちはありがたいことに貧しい家庭ではなく、どちらかというとまずしかった父が中学をでてすぐに丁稚奉公で家具職人としての道を切り開き、祖父の立ち上げた会社を大きくして家族のために頑張って働いてくれ、何不自由なく育ててくれました。


母はとにかく自分は一切のぜいたくをせず家族のために生きてきてくれました。母が自分のために服やお菓子、ジュースさえも買っているところをみたことがありません。コンビニですら、ひとりでは支払い以外では行ったことがないひとです。ぼくが中学生のときくらいまでは外食は年に1, 2度くらいだけの母と子供たちのご馳走でした。


そんな母は子供たちのために貯蓄をしてくれていて、いざというときには、それをおしみなく差し出してくれてきました。どれだけ感謝してもしきれないありがたいことでした。

そんな母の誕生日だけはなんとか日本に帰って一緒にお祝いをできる限りしてきましたが、コロナ以降できなくなってしまいました。でも元気で頑張っている姿を見せるのも大切な親孝行かなと。母を連れて外で食事をする時、とっても嬉しそうな顔をしながら、いろんな日常の話をします。 しっかりと親の話を聞いてあげるのって重要だなって、そして自分では決して食べたいものも食べずに我慢している母に、ぼくが帰ったときにはカニを食べに連れて行き、義弟が出張先から大好きなカニを送ってくれたりするのがとっても嬉しいみたい。


なんとか自分のことに少し時間やお金を使ってみたら?って何度か言ってみたけど、かえってくる言葉はいつも今でも子供にはお金がかかるからと。もう立派にみんな成人しているのに。


いつになっても会えば父の話をする母は、とっても不器用ではありますが愛情深い素敵な方です。

父の命日である今日、母に感謝を伝えたい。







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